
中央研究院歴史語言研究所は1928年(民国17年)に設立されて以来、ずっと実証によって真実を求めるという科学的な精神を維持してきました。このため,初代所長傅斯年氏は同僚に読書人の小さな書斎から外に出て-「上は碧落を極め、下は黄泉の底まで、手足を動かして文物を探す」ということを求めました。これらの「碧落と黄泉」からの材料は又、歴史の理解と解釈に、どのように貢献しているのでしょう?
本研究所の先輩研究員たちが学術の研究のため、書斎の外でたくさんの貴重な歴史文物を掘り出して捜し集めました。その具体的な研究成果は現在、文物の来歴についての詳しい記録とともに、歴史文物陳列館に展示されています。
一般の博物館の所蔵品と異なり、本館の所蔵品は文物自身の歴史的な文化と考古の知識の価値があるだけでなく、1920年代後半以来、本研究所と近代中国学術史の発展との関係を説明できます。
1933年
傅斯年氏は南京で中央博物院準備所を設立しました。 この準備所は学術研究の成果を展示する場所であるばかりでなく、同時に民衆を教育し、科学と文化の発展を促進する使命を負うものでした。
1958年
本研究所の考古館が落成しました。本研究所の考古の出土品は考古出土品陳列室で展示されました。
1986年
歴史文物陳列館が正式に使用され始めました。一、二階が展覧室となり、初めて博物館的な規模が具わりました。
1997年
本研究所は歴史文物陳列館を修理、整備しました。本研究所は展示のテーマと内容をあらたに計画したほかに、博物館のスペシャリゼーションのみちへ踏み出すため、出土品の保護や文物の保存や展覧と教育の広布などに努める人たちの力を結集するべく努力しました。
2002年
歴史文物陳列館がリニューアルオープンしました。本館は研究機関と民間人が交流するための橋渡しとして、博物館教育の責任を果たし、中央博物院の設立精神を再現することを期待されています。
歴史文物陳列館は本研究所の学を修める精神――「新しい学術」を主として、色々な展示のテ-マを計画しました。二階の「歴史空間」で、居延漢簡、珍蔵図書、内閣大庫档案、中国西南部民族、豊碑拓本、台湾史料などの文物が展示されています。それぞれの展示区で、文物の収蔵の経緯と研究の成果を説明するため、紹介コーナーが設置されています。それから、「橋」を渡って、展示区に入ります。 「橋」の上からガラス窓を通して一階の「考古空間」を見下ろすことができます。
二階から一階へと下りていく階段では、 地下の墓室に入る情景が再現されています。一階で龍山文化、殷墟文化、西周、東周の文物など、本研究所で早期に発掘された重要な成果が展示されています。
本館は現代の斬新なデザインと古い歴史文物とを結び付け、発掘現場の写真と出土文物を組み合わせて展示するという方式により、まるで直接、発掘現場で考古作業を見ているような気持ちになります。 そのうえ、展示区でガラスの壁の間を行き来していると時空の旅をしているような錯覚に陥ります。
この博物館へ入館する前、以下のように思いませんでしたか:
古代エジプトのファラオの眠るピラミッドと、古代中国の商王の眠る墓室はどう違っているのだろう?商王の墓室はどうやって造られたのだろう?
製紙技術が発明される以前、古代の人はどんな材料を使って、どんな方法で文字を書き、記録したのだろう?
科挙時代の読書人(知識人)が最も願したのは「金榜題名」(金榜に名を記載されること)だけれども、その「金榜」とは一体どのようなものなのだろう?
これからは、「歴史」はもう教科書に書かれているような堅苦しくて面白くない文章ではありません。さあ、いっしょに歴史の世界に入って、歴史を探しましょう!
材料があれば問題\が生ずる。 |